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母の顔は先月払った — Epoch SF短編小説の挿絵
SF近未来都市・テクノロジー・格差社会

母の顔は先月払った

家賃の支払日は、いつも雨の匂いがする気がした。


八重樫湊は、第七居住区の集合住宅の一階で、灰色の納付端末の前に立っていた。画面には今月の請求が表示されている。「記憶価値換算:中等度一件、または軽度三十件」。


この都市で、家賃を金で払う者はもういない。払うのは、記憶だ。


メモリー・レント制度。二十年前、記憶の抽出と移植が実用化されたとき、都市は気づいた。土地でも電力でもなく、人間の記憶こそが最後の資源だと。


軽度の記憶は安い。昨日の昼食、通勤の風景、観た映像の筋書き。そんなものを三十件差し出しても、狭い部屋ひとつ分にしかならない。高く売れるのは、感情の乗った記憶だ。初めて海を見た日。誰かに愛された夜。そして、家族の顔。


湊は端末に手首を当てた。低い接続音が鳴る。


「今月の納付記憶を選択してください」


合成音声が言った。湊は目を閉じ、差し出せる記憶を頭の中で並べていく。先月は、雨の日の路面電車の記憶を三十件束ねて、なんとか払った。先月までは、まだ選ぶ余地があった。


今月は、違った。リストの一番上に、査定額つきでそれは表示されていた。


【母・八重樫葉子の顔貌記憶一式──家賃十四か月分】

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